2019年12月 6日 (金)

ドクター・サーブ “歩く日本国憲法” 中村哲さんが凶弾に倒れた

 評論家佐高信氏は、中村哲氏のことを、“歩く日本国憲法”と言い、中村氏は、日本国憲法があるおかげで安全に活動できると言った。
中村氏の金言、「必要なのは軍隊でも武器でもなく大地を潤す“命の水“」 2001年衆院テロ対策特別委員会参考人発言では、「アメリカの同盟軍としか受け止められない自衛隊派遣は有害無益」「罪のない人々を巻き添えにして政治目的を達するのがテロリズムと言うなら報復爆撃も同じレベルの蛮行である。」と言った。
 マスコミでは、一種の悪役のトーンを帯びてイスラム、武装勢力等々の言葉が飛び交う。中村氏は、村にはそこら中に武器があり彼らを武装勢力と言えば武装勢力、ここで働くものは傭兵として戦場に行った者もいれば、麻薬栽培に手を出し、強盗や盗みをした者もいると言う、貧しさゆえに。しかし、中村を信じ40℃を超えるところで汗を流しかんがい事業で働いたのはそういう人たちだ。中村氏はまた、モスク(礼拝堂)やマドラサ(学院)の建設も行っている。現地の人は用水路建設以上に感激したという。
 その結果はどうだ、不毛の砂漠が畑になり、都市に流れた村人が戻り、小麦や米の収穫にいそしみ、伝統的な生活が復活して治安が良くなった。憲法前文にある“恐怖と欠乏から免かれ,平和のうちに生存する”というのはこういうことだろうと思う。政治利用、ビジネス、おごりなどの虚飾がくっついている国際支援が多い中、ペシャワール会の事業は、現地の人々のやり方を重んじ、現地の人の力で村が生活を維持できる基礎を作りながらの援助である。地域支援はかくあるべきという手本を示した。
 中村氏の思いに照らし合わせれば、この際襲撃した犯人が誰であるかはどうでもいい。 真犯人は直接手を下さずとも軍隊や武器で平和が手に入ると考えている国家やそれらを指示する者たちである。
 カブールの空港では、アフガニスタン大統領自らひつぎを担いで送った。成田では外務副大臣が来ただけ。なぜ安倍晋三が迎えないのか。地域支援の手本を認めたくないようだ。どうしても、軍事で国際貢献したいらしい。

2019年11月15日 (金)

レジ袋の有料化は意味がない

 政府はレジ袋の有料化によって利用を削減し、環境負荷を抑えようとねらっているらしい。マイクロプラスチックの海洋汚染防止もねらいのようだ。マスコミでも専門家が真顔でコメントをしている。だが、少し考えればレジ袋削減はまるで意味がないことに気づく。
 まず、レジ袋に代わる個人用袋(マイバッグ)を作るのに、やはり石油資源を使うことは簡単に理解できる。しかも、レジ袋の原料はポリエチレン。通常のバッグはポリエチレンより希少なポリエステルから作るらしい。個人用袋は使い捨てではないので省資源だと考える人もいるが、1,2年使ってまた買うことになれば同じことだ。ましてや、ファッションに飽きて頻繁に買い換えたらますます石油消費は増える。
 レジ袋は使い捨てにできるが、用途は多い。買い物運搬用として使った後は、家庭ごみの分別処理に使える。汚物を入れる応急袋になるし、非常時やレジャーにも使える。ゴミとして出した後は焼却炉でレジ袋自体が焼却燃料としての役割も果たし焼却炉の重油の節約になる。レジ袋は焼却へのルートからはずさなければ、海洋汚染になることもなくいろいろに役立ちながら最後に水と二酸化炭素になる。安価で手軽な優れものだ。レジ袋こそ「エコバッグ」の命名にふさわしい。レジ袋が担っていた用途を別の製品でまかなえばさらに石油資源を消費する。
 レジ袋無料が町の中小企業の経営を圧迫するのなら有料でかまわないが、レジ袋を使うことが環境に悪いというのが社会通念になり、レジ袋代金がまるで罰金のようになってしまうことは問題だ。レジ袋を買う人は環境非国民?・・・・同調圧力はこわいことだ。

 レジ袋を完全にやめたとして、どれほどの石油を節約できるのか? 中央大学の第6回高校生地球環境論文賞で優秀賞受賞の貝掛柚香子さんの論文によると、「日本では年間300億枚、国民一人あたり約300枚が使用されている。これを原料の石油に換算すると、年間50万キロリットルになる。これは、日本人一人あたり、3リットル。不用な車の外出を一回我慢すれば済む量。日本の年間石油消費量は2.4億キロリットルで、50万キロリットルは全体消費量の0.2%にしかならない。」ということである 
 このように、石油を消費しているものはレジ袋以外が圧倒的大量なのだから、そこに手をつけなければ削減効果はない。それなのになぜレジ袋がやり玉にあげられるのだろう。
 レジ袋は使い捨てという流れを誰もが日常目にしているので“もったいない”という庶民のささやかな道徳観を刺激して資源節約を意識させやすい。そこで、東京五輪、パラリンピックが間近でもあるし地球温暖化防止に本気に取り組まない日本政府の環境政策のイメージ向上に利用されているだけではないのかと思う。“環境キャンペーンによる目くらまし“にうまくのせられているのではないか。
個人用袋は素材も仕様も自由、入れ物なら何でもいいはず。それを、「エコバッグ」と呼ぶところもわざとらしい。もし、客が家にあったレジ袋を持参して再利用したらりっぱな節約のはずだが、今の雰囲気だとそれをエコバッグと呼ばれそうにもない。何のことはない、エコバッグという流行の石油製品を買わせたいだけではないのか? 竹や籐で編んだ籠か、木綿でできた風呂敷を使うのならエコバッグと呼んでもいいが、スーパーでそれを使っている人は見かけない、石油をふんだんに使ってできた立派な網入りのプラスチックバッグを持っている人が多い。
庶民のこころがけが資源浪費の原因かのように問題がはぐらかされ、矮小化してしまうことがこわい。庶民はだまされないでほしい。

石油資源の節約を本気で考えるなら一番たくさん使っているところに手をつけなければ意味がない。
まず最たる資源浪費は軍事行動だろうと思う。鉄道利用の拡大、車や飛行機は必要最小限、石油石炭を使わない発電、自給自足・地産地消の経済圏、風呂は薪で焚く、野菜は包装なしの量り売り、夜は早く寝る、夜間営業は禁止、・・・・・・生活の不便まで覚悟した経済構造、インフラ構造を設計しなければ温暖化防止につながる石油資源節約は絶対にできない。

 

2019年10月31日 (木)

東京オリンピック札幌大会?

マラソン会場を急遽札幌にするだと。いまさらこんな重大な計画変更はうまくいくはずがない。ここまで盛り上げておいてなぜ関係者のやる気を挫くのか? 盛り上がるはずがない。
 ドーハでの世界陸上で棄権者多数だったので暑さを避ける?いまさら暑さの危険に気付いたとはいわせない。いや、札幌でも暑いこともあるだろうし、東京で予想より暑さが緩むかもしれない。たまたま台風が札幌を通過することもなくもない。先の天気を考えてもきりがない。この際は、予定通り東京で開催して、予定通り「やっぱり暑かったね、夏の東京開催は無理だよ。」という反省を得ればいいのである。各国選手団も、東京の暑さを前提に練習しているはずだし、暑いことを有利な条件として野望を抱いている選手もいるだろう。決めたルール通りに行うのがスポーツというものだ。どこまで非民主的で思いつきの運営だろう。もともと暑さの問題で夏の開催自体問題視されていた。それを承知で資本の言うなりに無理な準備をしているのに、どうせならそれを貫けば、せめてわずかに残った薄っぺらな面子もたつだろうに。

どこまでうまくいかない東京オリンピックだろう。これまでいくつもの“ケチ”がついてきた。

① エンブレム模倣問題・・・発表してしまったエンブレムデザインが模倣であった。急遽公募制に。
② 国立競技場改築問題・・・いったんデザインが決まったのに、あまりに巨大、巨額で問題が多く断念。巨費と時間が無駄になった。
③ 招致運動疑惑・・・日本の銀行から2020年東京オリンピック招致の名目で、国際陸上競技連盟(IAAF)前会長のラミン・ディアク氏の息子に関係するシンガポールの銀行口座に、「東京2020年五輪招致」という名目で約2億2300万円の送金があった。(フランス検察)
④ ボランティアの制服のデザインがダサイ・・・ドラエモンを連想するユニフォームが変更になる。新エンブレムとは関連性のないデザインに唖然とした。
⑤ コンパクト五輪のはずが・・・半径8kmの近距離会場での開催をアピールしながら、実際はいくつかの種目が遠隔地。できもしない看板を掲げられて騙された。そして今回の札幌マラソンはその極み。
⑥ 2013年1月時点で約7300億円と見積もられていた予算が2兆1600億円に。・・・だれがどうやって計算してるんだ? 今までの開催地の資料があるだろうに。
なぜ、こうまで問題不祥事が重なり、やることがバラバラなのか?それは、“開催理念がない“ことに尽きる。開催する必然性がなく思いつきでやっているのである。

 

 

2019年10月19日 (土)

台風19号 

 大型台風19号の被害はかなり広範囲になってしまった。自宅も風を予想して外にあるものを片付けて倉庫にしまって備えていたが、いっこうに風がふくこともなく過ぎた。雨も長く降っていたが梅雨時の大雨くらいだったのでたいして危機感もなかった。一方で市からのメール配信は頻繁に届く。避難指示までに至ったが、自分の目の前の様子を見るとさほどではなく、まだ深刻な受け止めはしていなくて、やがて、市街地を流れる川で冠水、長野市南部千曲川での溢水など少しずつ増水の報を知るとようやく本流の決壊の心配がよぎった。やがて台風は過ぎ15日早朝に在住自治体のホームページが更新された時、初めて市内に浸水があったことを知った。それまで市内の被害の様子は届かず、公共施設、店舗、個人の住居で床上までの浸水被害が出ていたのはおどろいた。
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以下、今回の災害情報で感じたこと
① 場所によって風や増水の状況がだいぶ違う
 自宅(扇状地)では雨は降ったが、風がほとんどなかった。何かが風で飛ばされることもなかった。平野部市街地では風が強かったとの話を聞いて、かなり違うものだなと思った。位置やわずかな土地の高低で明暗を分けたことだろうと思う。
② 情報の解像度が低い
 自治体からの緊急災害情報配信があったのだが、定型の言葉では具体的に状況が受けとめにくいと感じた。例えば、8:13分に「〇〇川が冠水しています。直ちに文化会館または市体育館に避難してください。」というのがあったが、まず〇〇川ってどこ?と思った。知らない自分には映像がうかばない。ネットで調べたが、冠水しているすぐ隣の文化会館に避難とはどういうことか? ああそうかまだたいして増水していないのだな、とそう解釈した。同じ市内のことなのに正確に伝わらないものだと思った。今回、だいたい市のハザードマップのとおりのところが浸水したが、その中でも浸水の被害の大きいところ小さいところがある。0.5~1m単位でわかる土地の等高線地図が欲しいと感じた。
③ 今回、もし自宅が同じ状況だったとしても避難所へは行かなかっただろうと思う。それは、高齢者がいるから。移動して大勢の中で滞在できる状況ではなかった。市では、希望により各自治会地域で避難の高齢者支援名簿を作成していたはずなので、それが今回どう機能したのか後日検証が必要だと思った。

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 大きく報道されたが、後日落下した別所線(上田市)の橋梁を見たが、護岸がえぐれてすぐ近くの旅館まであと数メートル。あんなに広くて頑丈そうな堤防が決壊寸前になっていた。

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 これから先災害復旧するだろうけど、日本中おそらく安堵感は来ない。堤防の限界を目にしてしまったから。19号のような大型台風が、ごくまれに来たものだという感覚はもうない。今後もっと大型の台風が発生し、しかも頻度も増えるだろうと誰もが感じている。もしかしたら今シーズンまた発生する可能性だってある。--- 多くの人の中で地球の温暖化が予想以上に間近に現実に迫っているのだと自覚されてきている。
 温暖化が原因なら、これほど憂鬱なことはない。なぜなら、今から温暖化防止に努力しても自分たちが生きている間に改善はしないから。また、国家も温暖化防止に本気ではないし、何を努力していいかもよくわからない、効果的な方法もわからない・・・相当な我慢しなければならないことは確かだが。
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 サンマが不漁とのこと、今日の夕刻ラジオでそれを扱っていた。原因がはっきりとわからず、一説には、温水域の位置が変わってサンマの回遊コースが変化したらしい。コースが変わっただけなら全体として数を減らしていなければ問題はない。しかし、捕れる量が減った上にサンマの成長が悪いとのこと。だから子孫を増やす力が弱くなっているのが心配という意見もあるようだ。餌不足が考えられるらしい。確かに、今日地元スーパーでみたサンマは一尾200円もするのに、痩せていてあまりうまそうではなかった。そうなると事は深刻だ。

 また、駿河湾の名産「サクラエビ」が記録的不漁が続いている。原因として、富士川のダムや黒潮蛇行説があるらしい。これも温暖化と関係があるのではないか。----- 何か恐ろしいことが知らないうちに各所で進行している気がする。

2019年10月16日 (水)

ラグビーワールドカップ

 ラグビーについては全く知らないことばかりで、4年前南アに勝つまでは全く無関心だった。走っている者に後ろから抱き付いたら誰でも転ぶ。痛くてけがばかりしている乱暴なスポーツだろうという認識だった。
 中学の時の体育の授業で、教師の思い付きで突然ラグビーをやることになった。運動の好きな連中は歓喜したが、自分はなんて恐ろしい・・・とますます体育や学校が嫌いになった。さて、運悪く自分のところにボールが来てつかんでしまった。2、3歩も進まないうちに後ろからタックルされ顔面から倒れた。ボールをもっているので手をつくこともできず、顔面から倒れ目の前に電光が走って前歯を打った。折れた!と思ったがついていた。しばらくグラグラ動いていたがやがて固まったようだ。昔の授業は生徒の安全などほとんど考えていない。あんな思いはもうたくさんで、これが自分のラグビーの唯一の思い出である。
 その後今日に至るまで何の縁もなかったが、今度のW杯日本大会このタイミングに合わせて放送されたTVドラマ「ノーサイド」を面白く観た。本物の元プロ選手やラグビー経験のある俳優が出演していて、つくりもの感がなく、少しずつルールがわかってくると面白くなってきた。
試合が終われば「ノーサイド」(今は実際には日本でしか使われていないらしいが)となり、試合後軽食とお茶で交歓会を設けて互いに称えあうことがもともとの競技のやり方らしい。スポーツマンシップを重んじるのはどのスポーツでもあると思うが、一つの様式として特に確立しているようだ。
 応援者も、サッカーのようにホーム、アウェイなく混在して着席するとのこと。そこでファンの間のもめごともない。(サッカーはだいぶ厳しく管理する)サッカーのフーリガンのようなグループもないらしい。
登録メンバーは、試合が国家的地域対抗であっても国籍は関係なく、3年間その国や地域でプレーいていれば選手登録がOKらしい。現在の日本チームを見ると、トンガ、シンバブエ、ニュージーランド、南アフリカ、韓国、オーストラリアなど、出自が多彩だ。偏狭なナショナリズムに縛られないこの流儀はいいことだ。他のスポーツ界もこの方向でいくべきだと思う。特に五輪などの国際大会は国家を意識させるルールはすぐにでも排除した方がいい。今回日本チームが予想外に好成績だが、中島イシレリのような圧力で押し込む者、松島幸太朗のように俊敏に動く者、姫野和樹のように総合力に秀でる者、パスでゲームを組み立てる田中史朗など、これらの才能がよく鍛えられていいハーモニーを見せている。まんべんなく高いレベルで強いうえに、試合途中で臨機応変に戦術を変えるチームワークもある。特に相手の長所を挫くのが特徴だ。それが相手の焦りや反則を呼ぶ。
 チーム作りが基本的に日本の流儀に沿いながら、多彩な身体特徴、競技モラル、生活感覚、出身文化の違いがあるためにそれらがうまく絡んで多彩な戦術になっているのだと思う。もともと自ら求めて日本チームに入ったのだから根本的な反目は生まれるはずもなかったのだろう。
試合後の選手のコメントも野球やサッカーのように下手ではなく、個人個人自分の言葉を持っている感じがする。これも出自に関係なく構成するルールがもたらしているように思う。
 ラグビーは荒々しい動きに反して、公正、調和という言葉が合うスポーツだった。いい大会が開催されたものだと思う。

2019年9月 1日 (日)

内閣府プレミアム付商品券

 消費税率増にあたり、プレミアム付商品券についてのチラシを公共施設などで見かける。
 2万5千円分の商品券を2万円で買わせてくれるそうだ。なんともありがたい話だと本気で思う人は相当なお人よしである。5千円配布する予算があるのなら、こんなまわりくどい方法ではなく、窓口で5千円を直接渡してくれればいいだけの話だ。

 どうしてこのような方法をとるかというと、おそらく普段献金もらっている方々を儲けさせるためだろうと推測する。まずこの事業の広報に大手広告会社に発注、そこで多額の広告代金を払う。広告会社としては公的事業なのでそこで広報効果の結果が出なくても誰から責められないからこんなうまい受注はない。発券事務にも、印刷費、業務委経費が発生するはず。そこでも受注が発生。普段献金している仲のいい事業者が儲かるしくみだろうと思う。・・・・消費税の不公平だけでなく周辺にくっつく施策までが一部の人の利益誘導手段になっている。どこまでも庶民をバカにしている。

 

2019年8月18日 (日)

国際芸術祭「あいちトリエンナーレ」「表現の不自由展・その後」が開幕からたったの3日で中止となった

 8月上旬に実家TVでこのニュースを見ました。明朗な名古屋弁で話す河村名古屋市長は、「・・・どう考えても日本国民の心を踏みにじるものだね、これは。日本人の税金を10億も使った場所で、あたかも公的にやっているように見えますわね。」と展示を否定していました。
『あいちトリエンナーレ』は愛知県が主体となって3年おきに開催している芸術祭。今回の事業費13億7000万円のうち、愛知県が6億円、名古屋市が2億1000万円あまりを負担。文化庁の補助事業にもなっている公的なイベントです。
企画展のタイトルは「表現の不自由展・その後」。過去に様々な理由で展示が見送られた20点余りの作品を紹介しています。政権批判の記事を使い、強い政治的な主張を込めた作品もあります。
 同展示は、これまでに公的な美術館などに展示され、抗議などを理由に撤去された作品ばかりを集めており、平和の少女像や、昭和天皇とみられる写真を燃やす作品なども展示され、テロ予告や脅迫を含む抗議の電話が殺到しました。
実際、愛知県には1日までに電話やメールで400件の意見があり、ほとんどが「なぜ税金を使った芸術祭であのような作品を展示するのか」などの抗議。2日も批判が殺到したそうです。
名古屋の街での市民の声も流していました。
①  女性:「やっぱり今、韓国とモメたりしているじゃないですか。私は結構、韓国が好きなので…でもトリエンナーレはトリエンナーレで楽しみたいので、政治的なことはできればもってきてほしくない」
②  女性:「その作品を置くことで人の考え方が変わるなら、そういう伝え方もありなのかなと思います」
③ 男性:「(政治とアートを)切り離して考えること自体が無理ですよね、それは」
④  女性:「もともと県や市が運営しているわけだから、最初から考えておくべきだったんじゃないかなと思います」
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 このTV報道をみていて本当に恐ろしい事態だなと思いました。表現や言論の自由への侵害です。名古屋市長コメントや批判メール、市民の声などのところどころに“殺し文句”が出てきます。人の良心や真心を逆手にとり、社会通念を利用して事の本質をはぐらかして、ひとまず相手が言い返せなくすることばのこと。自分はこういうのを“殺し文句”と呼ぶことにしています。「ごはん論法」造語で有名な、上西充子氏(法政大学)は、こういうのを“呪いの言葉”と言っています。
 河村市長は、「どう考えても日本国民の心を踏みにじるものだね」と言いました。人の内面を日本人という偏狭なナショナリズムでくくって、日本人を大切に扱っているかのようなこの種の言葉は、ついうっかり同調してしまいます。日本国民の心というものは定義づけることではありません。
 外部からの抗議メールには、「なぜ税金を使った芸術祭であのような作品を展示するのか」と言うのがあります。河村市長も同じ。これも“殺し文句”です。税金を使うのだから中立公正でなければいけないというよくある論法です。九条を守る様子を描いた俳句を作ったら公民館に掲載を拒否された事件(さいたま市)、あれと同じです。・・・・・・愛知県大村知事はこの河村市長の言動に明確に憲法違反との見解を出しました。知事は“殺し文句”の化けの皮をわかりやすく剥がしました。あっぱれです。
-----------------------------   大村知事コメント --------------------------
 展示中止を求めてきた河村市長の一連の発言について「憲法違反の疑いが極めて濃厚ではないか。憲法21条には、"集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。"と書いてある。最近の論調として、税金でやるならこういうことをやっちゃいけないんだ、自ずと範囲が限られるんだと、報道等でもそうことを言っておられるコメンテーターの方がいるが、ちょっと待てよと、違和感を覚える。全く真逆ではないか。公権力を持ったところであるからこそ、表現の自由は保障されなければならないと思う。というか、そうじゃないですか?税金でやるからこそ、憲法21条はきっちり守られなければならない。河村さんは胸を張ってカメラの前で発言しているが、いち私人が言うのとは違う。まさに公権力を行使される方が、"この内容は良い、悪い"と言うのは、憲法21条のいう検閲と取られてもしかたがない。そのことは自覚されたほうが良かったのではないか。裁判されたら直ちに負けると思う」と厳しく批判。
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 展示批判メールの中には、京都アニメの放課殺人事件を想起させる脅迫もあったそうです。こういうのこそ人の心を踏みにじるもので、犯罪です。メールの発信者をたどって警察当局は逮捕していただきたい。河村市長はこういう脅迫行為には言及せず、どこに目を向けているんでしょうか。マスコミも、暴力的抗議メールについては力を入れて報道しません。
市民の声も情けないと思いました。①と④は“殺し文句”の一種だとおもいます。
 

 さてさて、事の恐ろしさはこういった“殺し文句”にまんまとひっかかり、河村市長のような発想に同調する人が出てしまうことです。中には世論操作のために誰かがわざと画策して批判を寄せているのもあるでしょうが。脅かせば何でも引っ込むという事態がまかり通ってしまうことが恐ろしいです。暴力の肯定です。

2019年7月 7日 (日)

13年超えの自動車税

 ガソリン車、LPG車(プロパンガス車)は13年を超えると自動車税が概ね15%増税となる。自分の車もその負の恩恵にあずかった。増税の理由は「一定年数を経過した車両の環境への影響を負担してもらうため」簡単に言うと「古い車は環境に悪いので、性能、環境にも良いエコカーに乗り換えて欲しい。」ということらしい。そんな目くらましには騙されない。ちょっと考えればわかる。同じ車を長く大事に使うことと、燃費の良い新車を使うことと、どちらが環境への負荷が大きいのか。車を生産するのに製鉄から加工、ハイブリッド車に至っては大容量のバッテリーで大量電力消費、希少金属の使用・・・どれほどの資源や電力を使うことだろう。物を長く大事に使うことの方がはるかに環境に良い。維持管理にコスト(人手)をかけるので、仕事が増え町にもお金が入る。地域経済にも良い。この13年超えの増税は、車を買い替えなさいと暗に車資本の利益のみを応援しているようなものだ。地球環境のことを真剣に考えているとは思えない。

3月10日 東京大空襲から74年で追悼式典 東京都庁で犠牲者を追悼する式典のニュース

 都知事のあいさつでは、「戦争を知らない世代が社会の大半を占めるようになり、戦争の記憶の風化が懸念されている。いま享受する平和と繁栄は多くの都民の尊い犠牲のうえに築かれていることを肝に銘じ、平和の大切さを伝えていかなければならない。」と述べたそうです。
偉い人が平和の式典でよくするあいさつだ。平和を切望する話のようだけど何か変な感じがする。
① 平和を享受というけど、平和って享受するものなのでしょうか? 平和であることは当然の状態でしょうに。
② “平和と繁栄は多くの犠牲の上に築かれている。”これもおかしい。それだと平和のためには誰かが犠牲にならなければならないことになる。戦争したから尊い命が奪われたのであって、平和のためには死んでくださいと言われているようです。
③ “平和の大切さを伝えていかなければならない”とはよく聞くことだけど、こういう挨拶で必
ず触れないことがある。それは、なぜ戦争を始めたのか、空襲される前にどうして降伏しなかったのかということ。それを言ってくれなきゃ、何を伝えていっていいのかわからない。

2019年2月26日 (火)

オシドリの餌をイノシシが横取り  -愛知県-

 最近、愛知県設楽町のオシドリの餌付け越冬地で連日、イノシシの群れが出没し、鳥たちの餌のドングリや古米を横取りしている。との管理人の人の嘆きの記事を目にしました。なんでも餌付けをしている河原にイノシシが出没するようになったのは、2012年の暮れのことで、侵入よけの電気柵を設けてみたが、水に入って迂回(うかい)することを覚えられ、効果なし。昨季まで1日1、2頭だった出没数が、今季は急増しているそうです。加えて、ここでは昨年秋以降、2匹の野良猫が毎日のようにオシドリを襲っているとのこと。新聞だけでなく、地元TVでも放送されています。
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 イノシシや野良猫への嘆きになっていますが、そもそもオシドリに餌をやるその行為が問題です。野鳥の生態を狂わせる給餌はやめるべきです。餌を蒔けばイノシシが来るのは当たり前。害をなすイノシシは困るが、かわいいオシドリはいてほしい、こういう発想かと思いますが。生態系という視点で深く考えて気づいてほしいです。
 オシドリが一ヵ所に集中すれば野猫にやられるものうなずけます。数が集中することで感染症のリスクが高まります、栄養過多や偏重のオシドリが出ることでしょう、本来の習性を忘れるオシドリも出るでしょう。エサ取りの下手な弱い個体も子孫を残すことになり、結果的にその個体群の弱体化を招くでしょう。オシドリだけが増えることも生態系にとってよくありません。ちゃんとした自然保護区では餌付けは絶対にしません。(絶滅回避など特別なケースでは行われますが)
 さらに、この地では観光協会サイトでも紹介されており、地域でいいことをしているという意識で行われていると思われるので事は深刻です。これでは、未来を託す子どもに正しい自然認識が伝わりません。
 この件で地元TV報道ではイノシシの習性やその危険性に話題を振っており、餌付けの是非とか、なぜイノシシが増えるのかという本質的問題には全く触れません。世間の評判を気にして無難なところで済ませようという姿勢です。・・・こういうのは本来環境省や文科省が本腰入れて国民に啓発してほしい。
 北海道ではヒグマに餌を与える観光客がいて関係者を悩ませています。結果的にヒグマが人里に近づき、住民を危険にさらすことになり、やむなく駆除という例が発生しています。北海道ではヒグマ(野生動物)への餌やりは禁止、氏名公表などの罰則もあるようです。(これでもかなり手ぬるいと思いますが)道庁では野生鳥獣への安易な餌付けをやめるよう呼びかけています。     
 他にも座間味のウミガメ、奥日光のサル、六甲のイノシシなど餌やり問題事例は全国で多数。・・・安易な動物愛護を美談にしてはいけません。

«相撲解説 北の富士さん いただけない

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