2017年3月26日 (日)

愛国心

 森友学園瑞穂の國記念小學院の問題は日本中の関心を呼んでいます 幼稚園では教育勅語を唱和させているのですから驚愕の一語です 国有地の不当な払い下げという汚職事件ですが ねらいは皇国教育の復活があることは間違いないのに報道はそういうことにはなかなか触れません 逆にそこに本音があるからクローズアップされることを回避しているように見えます

 その皇国教育と親密な「愛国心」 耳聞こえのいい言葉ですが 誰もが持っているようであり持っていないようでもあり モヤモヤとしていて それが美徳であるかのように世間を闊歩するこの言葉は私は嫌いです 人の良心を逆手に取って心の隙を突いて言葉巧みに人を騙す詐欺師のようなものです

〇“何か”を愛するという場合 “何か”は自分の外にあるので 愛するかどうかは自分の自由にできます しかし 愛国となると今の日本に生まれてしまっているので日本を愛しましょうということです そこに生まれたというだけで愛さなければならないことになり 価値観の自動的強制なのです 自分は日本ではなくアメリカや中国を愛しますと言ったら“愛国心の無い者”になるのでしょう
〇3月24日のニュース23を聞いていたら 小学校道徳の教科書で ある教材の設定が「パン屋さん」なのは“愛国心”を育てることにならないから“和菓子屋さん”にしよう という検定意見があったとか・・・やはり愛国心の“国”とは日本のことのようです 
 和菓子と言えば 砂糖 小豆 大豆・・・和菓子の原料はほとんど遠い異国が原産地 純日本のような米でさえ紀元前に外国から入って来たもの 遣唐使も中国から煎餅などの基になる唐菓子をもたらしました コンペイトウ カステラ カリントウなどはスペイン オランダ ポルトガルからの影響で日本に定着した立派な西洋の和菓子 文化に国境はなく 日本らしさなど基準をどこに置くかで変わってきます パン屋さんをやめて和菓子屋さんにしようなど それを真顔で愛国心とリンクさせて考えるバカバカしさに失笑 戦時中の“敵性語”と何ら変わりない 検定の会議室では自分たちは和服を着ずにスーツを着ているのですから 自らも“愛国心”のないことになりますが
〇ある人が 愛国心のない人たちは売国奴だと言いました これでいくと もし自分は愛国心はないと言えば売国奴にしかなれないことになります 人を二分して排除するのに使われます
〇愛国心は 結局のところ 住んでいる国家に無節操な忠誠心を植え付け 他国 多民族を卑下するためにあるんじゃないでしょうか? 国民の心を管理したいだけでしょう?
〇愛国心を持つべきだと強弁する人は 崇高な理想を言っているように見えますが 実は為政者に批判的な人を”愛国心がない”と都合よく攻撃しているにすぎません 
〇愛国心というのは よく“古来からの”とか 日本の伝統は・・”とかいうフレーズを伴って使われますが “日本”という国家所属意識は明治以後教育や政策で意図的につくられたものです それまでの人々は“自分は日本人だ”という意識すらなかったはずです なので国家所属意識は古い時代からある永久不変の観念ではありません 長い歴史の中のたったの150年前からのことです 古来からあったというのは錯覚です 加えて 現在もこの先の未来もあるべきかどうかは個人の世界観の自由です

森友学園問題 今朝のサンデーモーニングを観て

 今朝のTBSサンデーモーニングを観ていたら 籠池氏の証人喚問までに至った森友学園の真相究明について司会の関口宏氏がうまいこと言った
 「この事件はタマネギみたいだ」 と 
 剥いても剥いても芯が出てこない なるほどその通りの様相だ 大阪府は 土地が買えそうだから認可したといい 国(財務局)は認可したら土地を売ると言い みな自分は責任はないという 現実に明白且つ重大な事件が起きているのに 真相解明に心血を注ぐのではなく 責任回避に心血を注いでいる 無責任のあつまり  タマネギの皮自体が食べるところなのに芯にあたる命令系統がなく 気が付くと不正な事件が起きているという構造 籠池氏の証人喚問を認めたのも 何が出てきても自分たちは芯ではなく皮だから責任回避できると思ったのだろう 
 無責任が集まって一つの罪をなす この構造 豊洲市場事件と東京五輪の国立競技場設計事件と同じだ 役職ばっかりたくさんあって しっかりしたコンセプトもなく 周りは利権だらけ 官僚に任せてなんとなくことをやれば盛り上がるだろう 儲かるだろう 誰か中心に責任者がいるわけでもなく 無責任な悪者が互いに忖度して(空気を読んで)事をなす 誰も責任はとらない 
 誰も責任はないが悪いことは起きているという事態 だったら タマネギの皮(実なのだが)みな責任者である しかも 全体の責任を皮の枚数で割るのではなく 全員を全責任にすべきだ 豊洲だったら当該時期の知事全員 国立競技場だったら 担当大臣 組織委員会の長 今回の森友事件だったら 大阪府知事 財務局長 財務省の長全員同じ罪である タマネギの皮は全部集まってタマネギなのだからそれぞれが事件の”芯”だろう! 具体的な形のある証言をした籠池氏・・・問題の本質は皇国教育復活にあるのにそれが隠れてしまい正直者に見えてくるから不思議だ
 こうしてみると 過去のロッキード事件はある意味芯があった 証人喚問が機能した 「丸紅ルート」とか「小佐野ルート」とか形があってつかめるものが出てきていた ある程度の実態が具体像が見えてきていた なのに 今起こる汚職事件は何か劣化している あからさまな利益とか悪だくみとかではなく なんとなく空気を読んで自らはまっているような不気味さ 政治家の退化のような感覚 
 同番組でコメンテーターの寺島実郎氏が「この事件は 単なるスキャンダル事件ではなく民主主義への挑戦だ」と言ったが 誰が責任者だかわからないこういうふにゃふにゃした無責任事件の背景に 確固たる芯があるのだと警告している このまま責任があいまいにならないかなあ と願っている者がいるというのが事件の”芯”だ この事件金子勝氏が言う 命令されなくても 空気を読み思考停止に陥る”内なるファシズム”の警鐘なのかもしれない

 関口氏が言った タマネギみたいだ という感触 何かと似ていると思ったが 学校で起きている”いじめ”にそっくりではないか 
 中心となるボスがいて 忖度(空気を読んで)して 利害関係も何も無い者をいじめる ボスに聞くと 自分は何も命令などしていないという(いじめも命令がなくてもなんとなく起こる)・・・本当にそっくりな構造を持っている 一人一人が思考停止に陥り 道理とか正義とかを考えないで 自分の保身だけに目先の目標を抱いているのである 

2017年3月22日 (水)

燃料電池スクーター貸出

 スズキは燃料電池スクーター「バーグマン フューエルセル」を試験的に貸し出すと発表した 
 環境によいといわれる燃料電池のアピールだろうけど・・・
 使用時に排気ガスを出さないというのは事実だが その肝心の水素はどうやって取り出すのか? 水素を得る時大量の化石燃料や電力(化石燃料)が必要なのでしょう? だったら どこかで温暖化原因ガスを出しているので同じこと 特段環境にいいわけではない むしろ化石燃料を直接燃焼させた方がエネルギー効率がいいのでは?

2017年3月21日 (火)

豊洲市場問題 百条委員会にて

 豊洲市場問題 百条委員会の証人喚問で真相究明されなかった ということだが 責任の真相ははっきりした
 石原元都知事は TVのニュース映像で俺は戦うよ と言っていた だが 予想通り体調理由に時間短縮し 肝心なところは「記憶にございません」 少しも戦わず逃げているじゃないか 戦うのなら具体的に事実を述べよ 言えないのはやましいことがあるから 言えないのが何よりの証拠
 部下に一任したのなら 結果は全部知事が負うし 自分がやっても自分が負う どっちにしても責任がある そういう役職だろう知事というのは 記憶にないのなら「記憶にないこと」自体が罪である 忘れそうなら「記録」してしっかり次の者に引き継げ! 記憶も記録もしていないのだから 責任の所在ははっきりした 

toyosu

2017年3月20日 (月)

注目の事件

 森友学園事件 豊洲市場事件 社会の正義が証人喚問というところまでこぎつけた もしかしたら真相がわかるかもしれないという期待感がある
 でも こういう大事件の時 重要な情報を持っていると思われる人物がよく自殺する 今回も関係者の身の安全が大丈夫なのか心配になって来た 

食事中メールを打つな

 妻は 食事中私が新聞を見ると血相を変えて怒る 食事中くらい新聞読むな 私の話を聞け ということだろう だから我慢している だが 自分は食事中に友に平気でメールを打つ
 新聞とメール どちらも本質は同じだということに少しも気づいていない まったく自分勝手なものだ 

2017年3月16日 (木)

森友学園 財務省近畿財務局と協議した記録の大半を残していなかったことがわかった

 大阪市の学校法人「森友学園」が小学校新設のため国有地を格安で購入した問題で、大阪府が土地の処分を担当した財務省近畿財務局と協議した記録の大半を残していなかったことがわかった
 また証拠を残さない罪逃れですか 記録がないからわからない ということではなく 記録を残さなかったら それ自体が罪なのではないですか? やましいことでなければ白日の下に見せてもいいようにしっかり記録するはず

2017年3月11日 (土)

福島からの非難の人への差別

 今日は東北震災6年目というこで関係の報道が多い
その中で 福島から非難してきた人が数々の差別を受けているという その中で「放射能がうつるからゴミを捨てるな」と言われた というのがあった 信じられないことだ 
 何と愚かな言葉だろう 何と非科学的な認識だろう そういう人ってとても低次元で国民の資格はないとさえ思う
 これを聞いて学校の勉強は本当に大事だなとつくづく思う 単なる理科の知識ではなく 知識だけではだめで 科学的認識まで自ら育てるべきだ 法律も教育は科学に基づいてと謳っている 本当に大事な観点だ しっかり勉強して科学的な認識回路をつくっておかないとこのような差別を生む
 避難者へこのようなことばをいう人は きっと戦争法も共謀罪も国家主義的な森友学園のような教育に対しても心のどこかで同調かまたは簡単に屈する人なのだろうなと思う

森友学園 小学校開設認可申請取りやめ

 森友学園の学校開設認可を取りやめ 
当たり前のことに過ぎない うれしいニュースではない
 本当の問題が少しも解決していない 報道は土地購入売却に関する問題ばかりを扱う それも大きな問題だが その土地代金格安の配慮の動機にはああいう国家主義教育の先端学校を作りたかったのだろう 教育勅語などと 国家主義の復活を望む政治家が関与したに決まっている 元名誉副校長が現総理大臣の妻なのだから 誰が望んでいるかは疑いようもないだろう
 あの学園の教育(とは言えないが)のもくろみこそ森友学園問題の本質であり大々的に報道すべきで 社会から葬り去るべきだ 学校認可取り下げ と理事長退任で批判をかわしておこうというのは トカゲのしっぽ切りに過ぎない 

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